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「マンガ家・つげ義春のいるところ展」

 表題の展覧会を見に行った。  調布には、三人のマンガ家が住んでいた。水木しける、つげ義春、畑中純である。このうち、二人はもう故人になってしまった。そのお二人とは、直接お会いしたことがある。水木さんとは、ちょっとした会合で隣り合わせになり、一言二言、ご挨拶を交わした。畑中純さんは、その娘さんと我が家の娘が同級生で、母親どうしは多少のお付き合いもあった。わたしも畑中さんを何度かお見かけした。ところが、つげ義春さんとは、お会いしたことはない。一時、わたしはつげさんのご近所に住んでいた。そのことを知ってもいたのだが、なぜか誤嚥がなかったのである。だが、わたしの好みに一番合っていたのはつげ義春であっった。(調布市には吉田戦車も住んでいるが、三人とはやや系統が違うので、ひとまとまりにされることはあまりないようだ。)  今回の展覧会、つげ義春の生涯を時代順に追って解説しており、その画業の全貌を知ることができる。構成を担当しているのが、美術史家なので、なんとなく学問的な雰囲気がある。つげの名作の原画をたくさん見ることができる。つげが、もう数十年も作品を発表していないことも、今回、あらためて気づかされた。しかも、最後に発表された作品「別離」は読んでいないのである。  この充実した展覧会、驚いたことに入場無料であった。そのためということもあるまいが、平日の午前中にもかかわらずかなりの見学者が来ていた。小規模だが、グッズコーナーもあり、妻は藤原マキの絵日記と赤い花の主人公の少女をあしらったTシャツを買っていた。 2026/03/01

唐様の文字

 川柳に、「売り家と唐様(からよう)で書く三代目」という句がある。わたしは、以前この句のことを以下のように理解していた。商人の家も 三代続くと、主人が商売よりも、趣味に走る傾向がある。その結果、本業がおろそかになる。ついにへ、家を売るような羽目になってしまう。さて、この三代目が。 書いた文字が 唐様だというのである。わたしは、この唐様の文字をなんとなく、趣味に溺れがちの人にふさわしい気取った字体を思い浮かべていた。具体的にいえば、線の細い、なよっとした印象の文字を思い描いていた。  だが。最近になって、ここでいう唐様が、江戸時代後期に流行した書風であることを知った。女性的な和様に対して、中国風の文字を書くことが流行ったのである。江戸時代に中国から伝わった黄檗宗、徂徠学派の中国崇拝などの影響だといわれている。  この字体、当然、骨格のしっかりした力強い書風である。和様に対立するのだから当然である。となると、先の川柳、威風堂々たる立派な文字で書かれているのに、その内容が「売り家」の通知なのである。文字と内容のギャップに、気の毒さと、おかしみを感じることができる。なるほど、こう理解してこそ、この句の魅力もわかるというものである。  何事も、いい加減な知識で、わかった気になってはいけないのである。 2026/02/22

病人の戯言

 一月に、うちの犬が足の怪我をした。左後ろ足である。痛みはないようだが、力が入らないので、ほぼ三本足で歩いている。散歩も近場しか行けなくなった。そのためた、急速に体力を失い、お漏らしをするようになってしまった。人も犬も歩けなくなると、衰えるのである。まあ、老犬ではあるのだが。  飼い主の方も、今週、また、風邪をひいてしまった。最近は、鼻が詰まって眠れなくなるのが、悩みである。もともと、風邪に弱いのだが、この冬はすぐ微熱がでてしまう。  わたしは、風邪をひくとよく葛根湯を飲む。葛根湯が体質に合うようである。台湾にいたときも、薬局に葛根湯を買いに行った。漢方なら本場なのだから、葛根湯もしっかり売られていると思った。しかし、実際には葛根湯は店の隅に、肩身が狭そうに陳列されていた。薬局の人に葛根湯をくれというと、ちょっと奇妙な顔をされた。台湾では風邪薬といえば、パブロンが圧倒的な人気である。日本人なのに、葛根湯みたいな時代遅れのものを買うのか、と不思議に思われたのである。こうした現象は、パブロンに限ったことではなく、また、台湾に限ったことではない。東アジタ、東南アジアで、日本の薬品への評価は高い。「神薬」などといってあがめ奉っている向きさえある。  話題は変わるが、台湾語の歌とえば、以前は演歌だった。それが、最近はポップス、ロック、バラード、ラップなど多様に拡大してきた。台湾語の歌手といえば、一昔前は、ルックスはあまり重視しなかったのではないか。名曲「人生的歌」の黃乙玲は、感じのいいおばさんだが、美人とは言いがたい。これは、全般に言えることである。國語、つまり中国語の歌の歌手の方が美人が多かったように思う。(大陸では、この傾向は一段と強い。)ところが近年、この傾向から外れた歌手が増えてきた。翁鈺鈞。杜忻恬さらに蔡家蓁が代表的なところではないか。(実物はYouTubeで簡単に見られます。)単に美人というより、ややアイドル的な雰囲気が混じっている。ただし、その分、歌そのものは、今一歩のような気がする。彼女たちが、他の歌手のカバーをしているのを聞くと、その感が強い。  以前、台湾の人向けの台湾語の参考書を見ていたら、台湾語の学習法の一つとして、台湾語の歌を聴いたり歌ったりする、というのがあった。そこに、著者が付け加えていたのだが、江蕙(台湾の伝説的な名歌手)の歌を、自分が歌うと、...

井上有一『日々の絶筆』を読んだ。

  井上有一は、故人ではあるが、依然として現代を代表する書家である。書が前衛芸術であることを前面に打ち出して、社会的に認知させた人物である。つまり、書について語る場合、後々まで省くことのできない重要な存在である。  井上が自分でもいっているように、現代の書家といえば、裸で箒ないし箒のような筆を持ち、墨だらけになって巨大な字を描く人、というイメージがあるだろう。このイメージは、この人が作り上げたものだといってよい。写真家の繰上和美の撮影した、この人の肖像写真は、この人の強烈な個性を、見事に表現している。  この人の作品は、前衛的で、通念的な書の作品とはかなりイメージが違う。しかし、わかりにくいかというと、まったく逆で、誰が見ても、その優れた造形はすぐに受け止められるはずである。乱暴なようで、繊細、要するに表現者としてセンスがあり、多くの人を圧倒的に納得させる力を持っている。狭い書の概念に拘っている人でなければ、多くの人が井上有一をすぐれた芸術家として認めるにちがいない。  わたしは、一時期、一休の詩を読み、中世の禅宗について学んだ。その経験から、この人の書をあらためて認めることになった。この人の書には中世の禅僧の墨跡も大きな影響をしている。とくに、大燈の影響は大きいと思う。この人の書を見ることは、日本の禅宗の有り様を学ぶよい方法であるように思う。その基本は、常識を打ち破る志向である。  それにしても、この人は純粋芸術とか書道芸術などという言葉をストレートに使っている。現在の芸術家では、こうした言葉をすっと使える人は少ないだろう。マンネリを否定し、定型を打破し、自分の内面を信じる姿勢は、昨今では後退したといえる。著者の文章の背景には、1950年から1970年代くらいの、異常に熱い時代が存在する。乱暴にいえば、ジャズのコルトレーンのサックスの演奏に似通った気分である。前衛という言葉が輝きを持っていた時代である。  それを思い返せば、今は、妙にお行儀のよい芸術が蔓延しているような気もする。 2026/02/08