ノーベル平和賞
アメリカ大統領のトランプは、国際司法裁判所が嫌いである。報道によれば、将来、国際司法裁判所に訴追されることを心配しているのではないかという。したがって、さまざまな圧力を国際司法裁判所にかけている。一方、彼はノーベル平和賞がほしいのだという。だが、今年のノーベル平和賞に選ばれたのは、国際司法裁判所の元判事である。その後、国連人権高等弁務官を務めている。こちらもトランプの大嫌いな組織である。ノーベル平和賞の選考委員会は、トランプが敵視している組織の重要メンバーだった人に、その業績を評価して、授賞を決定したのである。これでは、トランプは将来もノーベル平和賞をもらえる可能性はないだろう。もっとも、それは、常識的に考えれば、当然のことなのである。 トランプは、ノーベル平和賞の委員会、それにノルウェー政府にも批判を行っているが、それでいて、ノーベル平和賞をほしいことには変わりがないらしい。矛盾しているのである。この人には、論理的な整合性などというものは、眼中にないらしい。これは、左翼小児病でもなければ中二病でするなく、単なる幼児性である。あるいは、幼児性にも及ばない、単なる愚かさというべきであろう。こういう人物が強大な権力を持っていることははなはだ危険である。 だが、残念なことにこういう事例は、トランプが初めてでもなければ、稀なことでもない。社会に大きな困難があるとき、人々はそれに合理的に立ち向かうのではなく、没理性的な指導者の言辞に従ってしまうのである。重い病気になると、あやしい民間療法に頼ってしまう病人と同じである。しかも、民間療法を洗濯する病人は、まだ少数派なのに対し、短慮な政治家を選ぶ国民ははるかに多い。 トランプは右翼的な政治家であるが、保守ではない。改革を叫ぶ右翼は大変に危険な存在である。それは、国や地域の区別なく、グローバルに妥当する事実である。 こんなことを書いてしまうと、アメリカへの入獄ピザが降りないらしい。だが、わたしはもうアメリカに行く可能性はないので、痛くもかゆくもないのである。もちらん、中国へもいけないのだが。 2026/10/11