スマホ命
ある会社から、自社製品のプレゼントのお知らせが来た。1000円くらいの商品だが、無料でもらえるのだから、申し込むしかない。 会員登録してから、申し込むという手順である。パンフレットには、PCでの申し込みとスマホでの申し込み手順が説明されている。こういう場合、わたしは、スマホの小さい画面で入力するのは面倒なので、だいたいPCで申し込むことにしている。 PCで手続きを進めているうち、あるところから前に進めなくなってしまった。会員登録は終わったらしいのだが、プレゼントの申し込みへ進めないのである。しばらく、悪戦苦闘してから、スマホの方で申し込みをすることにした。やってみると、会員登録は済んでいるというメッセージが出てきた。そこでプレゼントの申し込みに進む。じつに簡単に終わった。 パンフレットを見ると、スマホで申し込むと簡単です、といったことが書いてある。そこで、気づいたのである。会社は、この申し込みがスマホで行われることを標準としているのではないだろうか。思えば、PCは環境がさまざまなので、スマホの方が確実に処理できるのだろう。 従来はネットでの作業といえばPCが基本だったのに、いつのまにかスマホが標準になっているのである。そういえば、ネットバンキングも以前は、PCだったが、最近では、認証の方法からして、スマホが中心なのである。先日、ある銀行の口座のネットバンキングの手続きが変更になったので、その申し込みに行った。この処理を銀行側がやるものだと思っていたのだが、基本的には自分で自分のスマホを使って続きするのである。銀行の窓口へ行っても、銀行の行員はそのアプリの使い方をコーチしてくれるだけで、基本は自分で入力するのである。銀行が目指しているのは、行員がいなくても、ユーザーが自分で処理してしまうことである。最近、スマホの購入が、ネットで完結してしまい、実店舗が不要なのと同じである。 そういえば、最近の認証システムであるパスキーも、基本的にはスマホ利用である。いつの間にか、ITの標準はスマホになっているのである。スマホがないと生きていけないというのは、比喩ではなく、スマホが社会の基軸になっているのである。人々を社会と結びつけている紐帯は、今や親子でも家族でもなく、スマホなのである。スマホ命なのである。 スマホを落としただけなのに、という名前の小説があった...