投稿

マインドフルネスの気づき

  今日はもう一月九日、前回の書込から一月以上もたってしまった。前回は、インフルエンザにかかったことを報告したのだが、その後、お腹の調子が悪くなってしまった。おそらく、ウイルスに感染したのだと思う。物を食べると、常に違和感がある状態がふた月近く続いたことになる。胃腸の調子が戻ったのは、暮れが近づいてからだった。幸い、一月は、食事を楽しめるようになった。ありがたいことである。  胃腸の不調を抱えながら、『ヴィッパサーナ瞑想の教科書』、バンテ・ヘーネボラ・グラナタラ著を読んだ。この本の初版は1994年に出版されたとあるから、30年以上前である。ということは、この本は、この手の瞑想、マインドフルネスといわれる瞑想の初期の出版物ということになる。350ページもある本で、かなりの分量である。それだけに行き届いた内容になっている。ちなみに、著者は1947年に20歳だったと紹介されているから、現在99歳ということになる。著者紹介には没年がないから、存命なのかもしれない。  最近の多くのマインドフルネスの解説書は、さまざまのメソッドを紹介し、プログラム化された瞑想を紹介している。瞑想時間を短く設定しているものも多い。ところが、この本は、基本的には自分の意識を観察する、気づきの瞑想を単純に提案している。多くのマインドフルネスが自律訓練法のような意識操作に近づいているのに対し、この本は自分の意識を見つめる瞑想を提案してる。この方法は、あるタイプの禅の瞑想に近いといえる。瞑想がもたらす効果を排除しているわけではない。世俗生活にプラスの影響があるとは説明しているが、その程度の説明なら、禅の指導者でも強調している人は珍しくない。むしろ、世俗生活でのプラスの効果については、それほど強調されてはいない。  マインドフルネスの基本、中心的な考えがきちんと説明されている。ただし、わたしがこの瞑想をやろうということではない。 2026/01/11                 3イ

インフルエンザに罹った。

 11月6日といえば、16日前の木曜日である。その日、親戚の家で食事に招かれた。麻雀をして、食事をとり、夜、帰ってきた。その日は、とくに体調が悪いということはなかった。ところが、翌、7日に起きると、咳が出て、熱っぽい。一日、寝ていた。しかし、土曜日の朝、起きると、さらに咳がひどく、熱が上がっている。38度ある。これではどうにもならない。医者に出かけた。わたしと似た症状の患者がかなりたくさんいるようだった。検査をすると、インフルエンザA型であった。現在流行中の病気である。薬をもらって、寝込んだ。一日で熱はさがり、咳もじょじょに治まった。これで治るかと思ったのである。  しかし、厄介なのはここからだった。とにかく、体がだるい。犬の散歩をすると、横にならずにはいられらない。横になると、すぐに寝てしまう。この状況がつつく。とにかく、寝てばかりル。かくて、二週間、眠ってばかりなのである。とにかくよく眠れるのである。本が読めないどころか、テレビをすわってみていることもできない。すぐに横になりたくなってしまう。息切れもひどい。  すわっていたのは、サッカーの試合を見た時くらいである。酒もほとんど飲まない。ほぼ、生きる屍である。この状態で、地震や水害に襲われたら、ほんとうに生き抜けない。大分の火災のニュースを見ると、ほんとうに辛いだろうなと思う。  こんなに具合が悪くなったのは、8年前に体調を崩して以来である。あのときは、命の危険さえ感じたが、今回はそこまでひどくはない。しかし、不調の期間はむしろ長い。これが老いということなのだろう。  今日(22日土曜日)、やっと、この文章を書いている。これで、精一杯なのである。まだ、眠いのである。  で、今日、日曜日である。ほんの少し、恢復の兆しが見えてきた。すがる思いである。 2025/11/23。

老子を読む

  老子を読んでいて、気づいたこと。  台湾の児童作家に岑澎惟という人がいる。十数年間、この人が書いた、聊斎志異のリライト本を読んだ。わりと楽しかったので、なんとなく好感を抱いていた。この人の本に、『大家讀老子』(みんなで読む老子)という本があることも知っていた。この人はオリジナルの児童小説も書いているのだが、古典を基にした児童用読み物も何冊か書いている。老子というのは、あまりよい子の読ませるような内容の本とは思えない。老子を子供向けに紹介するとしたらどういうものになるのか気になった。  『大家讀老子』を開いてみてわかった。この本は老子という本の内容を解説したものではないのである。老子伝説や、後代の人が書いた老子の話しを紹介したものである。老子はこの世の虚しさを強調する。そんな思想をよい子に教え込むわけにはいかない。そこのところをややぼかして、老子に関するエピソード集に切り替えているのである。この本を読んでも、老子の思想はそれほど詳しくはわからないが、老子の伝説、受容史についての知識は得られるのである。  講談社学芸文庫の金谷治の注釈本で老子を読み出したのだが、そこに以前読んだときの書込があることに気づいた。何カ所か、岩波文庫版を参照しろ、とある。amazonを見ると、岩波文庫版は数年前に購入したと、注記が出ている。ところが、この岩波文庫が書棚に見つからない。あちこち探していたが、とうとう面倒くさくなって、電子版を買ってしまった。これをkindleで読みだすと、文字が大きくて読みやすいのである。近年、紙版の字の小ささに悩まされている、どうも、これからは電子版を第一選択にするべきらしい。  それにしても、老子という本は、テキストがあまり確定的ではない。多くの版で、文字の異同が多い。しかも、内容が深淵、記述が曖昧なので、文意を確定しにくい。悪く言えば、解釈に従って、原文を定めるという、逆転現象が起きている可能性がある。もちろん、古典の解釈ではこういう要素は免れられないのだが、その度合いがやや著しい。解釈者の判断、志向によって、理解の幅が大きくなる。  以前、老子を読んだとき、支配者の視点から述べた文章があることが、いささか気になった。偉そうなことをいっても、所詮は、支配者の視点なのかと、落胆した。ところが、今回、読み直してみると、そういう点は、あまり気にならなく...

古書店の出てくる夢を見た

  昨夜見た、短い夢の話しである。なんの趣向もないし、風刺もない。ただの報告である。  わたしは仕事柄、書店にはよく出かけた。古書店もかなり覗いた。以前は、ネットで本を買うことがなかったから、その回数も多かった。神保町の古書店街にもよく出かけた。しかし、最近では、神保町に行くこともほとんどなくなった。近所の古書店もあまり覗くことはなくなった。  ところが、夢の中には、古書店がときどき登場する。比較的よく登場する古書店は, デパートのようなビルの中の店である。実際にそんな店に行ったことはない。そのデパートの建物は立派である。思い返してみれば、しばらく前に閉店した、台北大安の誠品書店のビルに似ているところがあるようだ。夢の中では、その店の書棚の配置もなんとなく理解しているようだ。自分の関心のある領域の書棚の位置も承知している。昨夜は、その書店から出て、近くにある、小さな古書店に入っていった。その店で、古くて薄い雑誌、昭和の中期くらいのものを手にとった。興味のある内容が収録されているような気がした。しかし、雑誌を開いてそれを探そうとすると、店内が満員電車のような混雑になり、雑誌のページが開けないのである。なんで、古書店がこんなに混んでいるのだろう、と思っていたら、また眠ってしまったようだ。これだけである。  この短い夢は、とくに感情的な色合いもなく、たんたんと事実が出現するだけであった。あの雑誌のに何が載っていたのかも覚えていないし、それを読めないことに特に苦痛を感じているわけでもない。古書店の混雑に感情が動くということもなかった。  夢に繰り返し出現する、ビルの中の立派な古書店も、その指し示す意味はまるでわからない。ただ、そういう夢を見たという事実だけが残っている。そのことが不思議である。 2025/10/26

麗しい夫婦愛の本

  わたしは、碁を打つが、ひどく弱い。父は、アマチュアとしてはかなり強い打ち手だった。親戚も総じて強かった。家でもしょちゅう碁を打っていた。それを見ていたので、子供のうちに、碁の打ち方は理解した。しかし、碁が時間をひどく奪うものであることも、身にしみて感じていた。父は仕事が忙しいので、つい碁を打ってしまい、時には、碁石を庭に捨てたこともなんどかある。そんな出来事を見ていたので、いつか碁から意識的に遠ざかった。老人になって、また碁を打つようになり、ネット碁で遊ぶようになった。しかし、強くなろうという気持ちにはなれない。このレベルでは、難しい碁の本は読んでもわからない。だから、張栩という人の書いた『張栩の詰碁』という本はまるで歯が立たない。しかし、この本自体はなかなか魅力的なのである。  張栩は一時期、日本の囲碁界でトップの棋士だった。世界戦で勝ったこともある。今でも、トップクラスの棋士ではある。その妻は、小林泉美という女流棋士である。小林泉美は、父が小林光一。この人も、一時期日本のトップ棋士であった。この人の師匠が木谷實、この人もトップクラスの棋士であった。この人は競技者としても優れていたが、若い棋士の育成に努力した人で、自宅を道場にして、多くの棋士をそだてた。この人の婦人は木谷禮子という。名前からわかるとおり、木谷實の娘さんである。この人、女流棋士のナンバーワンであった。小林は師匠の娘さんと結婚したわけだが、婦人の方が十三歳年上であった。木谷禮子さんは、すごい美人というわけだはないが、たたずまいの美しい上品な女性で、人気も高かった。だが、長年、独身だった。結婚したとき、まだ小林は一流の棋士とはいえない立場だった。しかし、木谷家の人々であれば、小林の将来にはそれほど心配していなかったに違いない。じっさい、小林はトップの棋士になった。  小林泉美はその娘である。女流トップの棋士になった。小林は、見た目もかわいかったので、人気も高かった。ゴルファーもそうだが、女流棋士も、指導者としての需要がきわめて高い。結婚したとき、張栩はすでに本因坊になっていて、文句のないトップ棋士だった。ただし、名前からわかるとおり、台湾台北市の出身である。しかし、少年の時から、日本で暮らしていたから、それほどの、問題もなかったろう。  この張栩という棋士、とにかく碁が好きで、趣味が詰碁なの...

介護保険は高いが・・・

  先週、ブログを休んだのだが、その理由は、妻の叔母の葬儀に参列したからである。妻はわたしとほぼ同い年、つまり後期高齢者である。その叔母であるから、一世代上。年齢は、満で103歳であった。  故人は、夫を早く亡くし、山間部の小集落で、ずっと一人暮らしをしてきた人である。子供、孫はいるのだが、同居はしていない。しかし、最後まで一人暮らしを貫いたのである。最後に入院したのは、10日ほどである。それまでは、毎日、三回の訪問介護に助けられてはいたが、自宅で一人で生活していた。テレビも見るし、新聞も読んでいた。耳も目もあまり悪くない。家族、親戚の人々の動向は、一度聞いたらほとんどわすれなかった。むしろ、こちらの方が曖昧な部分があり、叔母の方が正確なくらいであった。最晩年までは、ほぼ自立して生活していた。ただ、訪問のヘルパーが時々やってきては、買い物などを手伝っていた。  毎月、介護保険料を徴収されると、その高さに、いささか驚く。だが、この叔母のように、介護制度をうまく活用して、死の直前まで、自立した生活を送れていた人を見ると、この制度は捨てたものではないと思う。  ただし、それもこれも、この叔母のようにしっかりした精神状態を保てた上のはなしである。我が家は夫婦とも、後期高齢者になったが、さいわい認知障害の気配はない。しかし、これも気をつけていればどうにかなる、というものではない。  先日、銀行にいって、定期預金を解約して、普通預金に移そうとしたのだが、一度目は印鑑を間違え、二度目は入金する口座のカードを忘れ、三度目でやっと目的を達することができた。時間はあるし、バス代はシルバーパスで無料である。それは、いい。だが、どこか、鈍くなっているのではないか、といささか不安になってくる。健康第一などというが、なかでも知力の衰えを防ぐことが、とくに重要なのだと思う。ただ、それは努力ではどうにもならないことのようなのだ。 2025/10/12。

今週、休載。

 今週末、急な用事が発生、ブログ、休載します。 では、よい終末を。