『頼山陽』を読んだ

  中年の頃の話しである。精神的にひどく不安定な時期があった。そういう場合は、長い小説を読むのがよい、という説を聞いたことを思い出した。そこで、とにかく、長い小説をよむことにした。まず、大西巨人の『神聖喜劇』という作品を読んでみた。この作品は、かねてから、読みたいと思っていたが、機会を失していたのである。読んでみると、これが、ひどく面白く、その後、大西巨人の小説はほとんど読んでしまった。

 同じ頃、中村真一郎の『頼山陽とその時代』も読んでみた。こちらは、なぜ読み出したのか、はっきりしない。当時、頼山陽にも中村真一郎にも、まったく関心がなかったはずである。上中下の分厚い三巻だったと思う。長い作品だということが理由だったのかもしれない。もっとも、こちらは小説ではなく、一種の史伝といった作品である。面白く読めたのだが、内容についての明確な印象はない。記憶しているのは、中村が、山陽とその周辺の人々の空間を、文芸サロン的なものとして捉え、近世末期の漢詩文の文化が近代的な文学空間であることを強調していたことである。その前提には、中村の文学への基本的な姿勢があると思う。政治思想家としての山陽、自己中心的な人間として山陽は、その影におかれる。だから、頼山陽と「その時代」なのであろう。いうまでもないことだが、一般には、頼山陽は、右翼的(近代的な視点からいえば)な思想家で、どちらかといえば、武張った人物と思われている。中村は、そのような巷間に流布する頼山陽とは違うイメージを提出したのである。

 この本自体は面白く読了したのだが、わたしが頼山陽に関心を持つことはなかった。わたしが、近世後期の漢詩文に多少の関心を持つようになったのは、近年のことにすぎない。中村の本も、わたしを頼山陽の著作に導くような影響は及さなかったのである。おそらく、当時、わたしは中村の記述にもかかわらず、頼山陽を苦手なタイプの人間と感じ取っていたのかもしれない。そのイメージは、今も変わらない。


 先日、たまたま、書店の本棚で『頼山陽』という本を手にした。岩波新書で、著者は揖斐高、近世の漢詩の本をたくさん出版している研究者である。この人の本は、数冊読んでいる。最近の近世の漢詩文を研究する人は、以前のように政治主義的な傾向ではなく、むしろ日常感覚に基づいた表現に注目している。柏木如亭の人の人気が浮上するのもそういう傾向の一つである。しかし、この時代の詩人で有名な人となれば、それはやはり頼山陽だろう。

 揖斐高は、おそらく着実な研究者なのだろう。この本でも、かなり細かく事実を調べて、山陽の生涯を追っている。基本的には実証的な著述スタイルである。ということは、言い換えれば、あまり楽しくない。わたしは、途中からは、やや我慢しながら勉強するような気分になってしまった。そして、実証主義を超えた範囲の記述になるといささか危うい部分が出てくる。たとえば、山陽の代表作『日本外史』の評価の部分である。この本は、日本史の知識を、尊王思想の立場からまとめたものだから、日本史の勉強には有用である。しかし、それは山陽の時代の話である。現代では、この本は時代錯誤であり、史実の把握も杜撰である。それは、時代の制約もあるが、山陽という思想家の個性を反映している。そのような、弱点が、当時の時代状況においては、皮肉なことにこの作品への評価を高くするのに役立っている。そうした欠点は、時代の制約だけではなく、山陽の個人的な特質に起因していると思われる。だが、この本の著者は、日本外史を誉めている。だが、この本の日本外史の評価を書いた部分には、矛盾や飛躍がかあるように思えた。

 そして、それも含めて、この本全体は、やや退屈なのである。頼山陽的な乱暴さやはったりがまったくない。

 わたしは、頼山陽的な文章は苦手なのだが、揖斐高の記述のあり方にも違和感を覚えざるをえない。もちろん、わたしの個人的な感想以上のものではない。この本が、賴山陽について学ぶのに有意義であることはいうまでもない。


2025/05/18


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