投稿

7月, 2026の投稿を表示しています

本日、休載。

 猛暑で、なにごとも、やる気がおきません。

『王育德の矜持』を読んだ。

  この本、正確なタイトルは長く『台湾からの亡命者王育德の矜持ーー一生を祖国の夜明けに捧ぐ」という。著者は近藤明理、王育德の次女である。ということは、台湾の言語の研究者、近藤綾さんのお母さんということになる。出版は2026年6月、草思社、3200円である。  王育得は、1924年、台湾台南市に生まれ、台湾一中、台北高校を経て、東京大学へ入学した。兄の、王育霖は、東京大学を卒業後、京都で検事を勤めていた。日本の敗戦で、育徳は大学を中退して、帰国した。兄も、その後、台湾へ帰国した。兄は、二・二八事件で殺害され、やがて育徳自身の身も危険になったので、香港に出国した。当時、育徳は結婚、長女が生まれたばかりであった。香港から、日本に密入国し、その後、苦労して日本で生活できるようになり、妻と娘を呼び寄せた。東大に再入学し、長く台湾語の研究を続けた。  台湾語の研究は、台湾では国民党の方針により、実行が難しかった。したがって、日本で行われた育徳の研究は、台湾語研究においてきわめて大きな意味を持つ。その後、彼は、台湾独立運動の中心人物として、この運動を支え、発展させた。その後の台湾の発展に寄与した重要な仕事である。また、台湾人で日本兵となった人の戦後補償の実現に努力した。この二つは、彼が存命中には結果をみなかった。しかし、その死後、見事な成果を結んだ。もう少し長生きできれば、嬉しい事態を見ることができたはずである。しかし、彼は1985年、61歳で心臓病で急逝している。本書のサブタイトルにある、「一生を捧ぐ」という言葉は、大げさでも何でもなく、まったくの表現どおりの事実である。  彼にとって、せめてもの慰めは、娘が彼のことをよくし、尊敬していたこと。さらに、その娘の娘、つまり孫の綾さんが台湾の言語研究と教育の道に進んだことだと思う。もちろん、近年、故郷の台南に記念館が作られ、その一生の仕事が顕彰されることになったのは、望外の喜びだったろう。  この本は、育德の日記や家族の記憶に基づいて、正確に書かれており、育德の業績、人柄などを十分に伝えている。近藤明理さんは、プロの文筆家ではないので、似たような文章が重複している部分や、記述でもう少し整理できそうな部分もある。しかし、こういう本に、それらの点であまり多くを求めることには、さして意味はないと思う。この本は、その意図の観点からす...

台湾語の音声入力

   中国語を勉強し、現地へ行って、その成果を試そうとすると、大抵の人の大きな失望にであう。正式に発音を習った人は別にして、自分で学習したような人が、現地で中国語を話しても、ほとんど通じない。それは、驚くほどで、わたしも自分で体験したことである。少しは通じるだろうと思ったが、一ことも通じなかったのである。  その後、台湾に一年行くことになり、中国人の先生に発音を主に勉強し直した。先生にしょっちゅう、例文や単語を発音しては、「これで通じますか?」と質問したものである。先生は、ちょっと不安そうな顔をして、「まあ、大丈夫じゃないですか」と答えてくれた。その成果は、台湾へいって、すぐに現れた。タクシーの運転手に「台北駅へ行ってくれ」というと、無事に通じたのである。  このように、中国語の発音は難しいのだた、現在では、じつに便利なツールがある。それが、音声入力である。中国語の入力をできるようにして、マイクのマークをタップすると、中国語の音声入力が可能になる。この場合、発音が正しくないと、アプリは遠慮なく、意図せざる候補を提示してくる。わたしの中国語では、しょっちゅう、こういう事態が起こるが、それでも、頑張って練習すれば、まあなんとか正しく変換される。人間と違って、アプリはいくら間違っても怒ったりしないので、自分が根負けさえしなければ、練習を続けることができる。  このように便利な音声入力だが、台湾語にはこの機能をもったアプリがなかった。そもそも、台湾語には、無料の翻訳アプリは存在しない。グーグル翻訳にも、台湾語はない。ところが、今年になって、台湾語の音声入力を可能にするアプリが登場したのである。  「臺灣台語輸入法」という漢字表記不統一な名称のアプリである。このアプリ、開発、提供が台湾政府の教育部、つまり、文科省に当たる役所である。教育部は、台湾語のオンライン辞書も提供しており、大体の辞書アプリもこの辞書のデータを利用している。台湾語教育に熱心なのである。「輸入法」というのは、日本語の入力法、ということで、そもそもは台湾語の入力アプリなのである。ただし、台湾語の入力アプリ自体はすでにあり、このアプリが特に衝撃的ということはない。ところが、今度のアプリは、音声入力が可能なのである。これは、かなり衝撃的である。わたしは、その存在を最近しったのだが、すでにかなり話題になって...

『阮籍の「詠懐詩」につてい』を読んだ。

  先週、長年の積ん読本の中から、たまたま『阮籍の「詠懐詩」につてい』吉川幸次郎(岩波文庫)を手に取って、開いてみた。1981年に第一版が発行されており、わたしが持っているのはその版である。今、amazonで調べたところ、在庫切れらしい。  阮籍といっても、すぐに誰だかわからない人が多いのではないだろうか。竹林の七賢人を代表する人物といえば、多少はイメージがわくかもしれない。わたしの知識もその程度である。この人の詠懐詩は、文選に収録されている。文選は日本で古代から親しまれていた文献で、枕草子で清少納言が褒めているくらいである。したがって、詠懐詩は日本文化にも大きな影響を与えたのだと思われる。阮籍は、この世のはかなさを強調する。仏教的ではないのだが、一種の無常観にのっとった作品が多い。平安時代以降、日本文化の重要な要素となる無常観の先駆をなす表現といってよい。日本の遁世の思想は、阮籍の影響を受けていると考えられる。  ところで、吉川の文章(論文といってもよいだろう)は、1955年と1956年の二年にわたって「中国文学報」という雑誌に掲載されたものである。この雑誌は、研究者を主たる対象とした専門的な雑誌である。したがって、この文章は、阮籍の詩に注釈を加え、観賞を手助けするというものではない。その目的は、阮籍という文人思想家の思想の特質を明らかにすることである。わたしのような素人が必要とする、細かい語釈は省かれている。そこは、自分で勉強しなさいというわけであろうか。しかし、吉川の文章だけでも、分からない部分はあちこち残るが、阮籍の作品の魅力はなんとなく伝わってくる。  この文章で気になるのは、吉川が阮籍を自立した合理主義者として描き、その点を強調していることである。吉川は阮籍を近代的な知識人として評価しているように見える。その人間像は、丸山真男が打ち出した近代人のイメージ、すなわち合理的に思考し、自己に責任を持つ知識人そのものであろう。阮籍は中国三世紀の人間である。二十世紀の知識人とは同じような視点で評価することには無理がある。たとえば、その強烈な無常観は、近代の個人主義とは相容れない。  岩波文庫本の解説は、荒井健という人が書いている。吉川幸次郎の弟子で、後に京都大学の教授になっている。その弟子からしても、吉川の記述についてやや違和感を覚えたのであろう、「清潔な...