『王育德の矜持』を読んだ。

  この本、正確なタイトルは長く『台湾からの亡命者王育德の矜持ーー一生を祖国の夜明けに捧ぐ」という。著者は近藤明理、王育德の次女である。ということは、台湾の言語の研究者、近藤綾さんのお母さんということになる。出版は2026年6月、草思社、3200円である。

 王育得は、1924年、台湾台南市に生まれ、台湾一中、台北高校を経て、東京大学へ入学した。兄の、王育霖は、東京大学を卒業後、京都で検事を勤めていた。日本の敗戦で、育徳は大学を中退して、帰国した。兄も、その後、台湾へ帰国した。兄は、二・二八事件で殺害され、やがて育徳自身の身も危険になったので、香港に出国した。当時、育徳は結婚、長女が生まれたばかりであった。香港から、日本に密入国し、その後、苦労して日本で生活できるようになり、妻と娘を呼び寄せた。東大に再入学し、長く台湾語の研究を続けた。

 台湾語の研究は、台湾では国民党の方針により、実行が難しかった。したがって、日本で行われた育徳の研究は、台湾語研究においてきわめて大きな意味を持つ。その後、彼は、台湾独立運動の中心人物として、この運動を支え、発展させた。その後の台湾の発展に寄与した重要な仕事である。また、台湾人で日本兵となった人の戦後補償の実現に努力した。この二つは、彼が存命中には結果をみなかった。しかし、その死後、見事な成果を結んだ。もう少し長生きできれば、嬉しい事態を見ることができたはずである。しかし、彼は1985年、61歳で心臓病で急逝している。本書のサブタイトルにある、「一生を捧ぐ」という言葉は、大げさでも何でもなく、まったくの表現どおりの事実である。

 彼にとって、せめてもの慰めは、娘が彼のことをよくし、尊敬していたこと。さらに、その娘の娘、つまり孫の綾さんが台湾の言語研究と教育の道に進んだことだと思う。もちろん、近年、故郷の台南に記念館が作られ、その一生の仕事が顕彰されることになったのは、望外の喜びだったろう。

 この本は、育德の日記や家族の記憶に基づいて、正確に書かれており、育德の業績、人柄などを十分に伝えている。近藤明理さんは、プロの文筆家ではないので、似たような文章が重複している部分や、記述でもう少し整理できそうな部分もある。しかし、こういう本に、それらの点であまり多くを求めることには、さして意味はないと思う。この本は、その意図の観点からすれば、十分にその目的を果たしている。著者明理さんとしても、この本を完成できたことは、本懐だったのではないだろうか。


 王育徳の著作は、生前には日本で発行されたものがほとんどであった。しかし、現在では、その全集が台湾の前衛出版から発行されている。日本語では、読めない状態の著作が多い。王育徳への評価の変遷が、このへんにも現れている。


2026/07/19。


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