前田寛治の展覧会

  ,前田寛治という画家の展覧会を見てきた。ラジオで紹介を聞いてことがあったが、まあ、行かないだろうと思っていた。ところが、妻が築地に食材を買いに行くついでに見に行こうというのである。妻がどうしてこの展覧会のことを知ったのか、それは知らない。しかし、そういう事情なら、見に行くことに異論はない。

 前田寛治は、姓をマエタと濁らずに読むらしい。前田は1936年生まれ、1930年逝去、若死にである。死因は鼻腔内の腫瘍である。帝国美術院賞を受賞し、帝展審査員となった直後の死であった。将来を嘱望された画家だったのである。

 とはいえ、わたしは前田寛治という画家の存在を知らなかった。作品を見たのも、今回の展覧会が初めてである。あるいは、目にしたことがあるのかもしれないが、記憶にはない。

 展覧会は、最初の方に、風景画が展示されていた。これは、わたしの趣味にはまったく合わなかった。全体に暗くて、曖昧な色使いの絵がつづいているのである。これは、ちょっと外れだったのかと思いかけた。

 ところが、後半になって、人物画が中心となると、印象がまったく違ってくるのである。1920年アメリカで強盗殺人事件があり、その犯人としてサッコとヴァンゼッティという二人が逮捕され、死刑になった。二人がアナキストだったこともあり、当初から冤罪ではないかという批判の声が起きた。

 前田は、この事件を題材とする作品を、「二人の労働者」以下、いくつか残している。これらの作品は、風景画とはまるで違う。鮮やかで力強い色遣いである。前田が絵画を通して表現したいものが、明確に伝わってくる。前田はこれ以外にも、多くの人物画、肖像がを残しているが、いずれも風景画とはまったく異なる作風である。

 今回の展示では、前田の作品だけではなく、前田と交流のあった人々の作品や紹介がなされている。前田に強い影響を与えた人物に、同郷の思想が福本和夫がいる。福本イズムで知られた、マルクス主義者である。さらに、シュルレアリルムの代表的な作者であった福沢一郎も友人であったらしい。サッコ・ヴァンゼッティ事件への関心、マルクス主義とシュールレアリズムの代表的な人物との交流とくれば、前田は長生きしたとしても、穏やかな人生を送ることはできなかったのではないか、と推測される。「二人の労働者」は、そういうこと想像させる力強さにあふれている。その後の日本美術では、こういう社会的関心と芸術としてできばえが、両立しているケースは、あまり多くないように思う。近代絵画史の中で、忘れられない画家であることがわかる。


 それにしても、東京ステーションギャラリーの展覧会には、優れた企画が多い。優れているのは建物だけではない。


2026/08/16


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